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 ヨハネの斬首

どこで
死海の東側に築かれたマケラス城内
(と伝えられる)
いつ
A.D.29年頃
だれが
ヨハネ
どのように
 ヘロデ王が異母兄弟の妻ヘロデヤを娶り、ヨハネはそれを非難した為に
 牢獄へ捕らえられていた。
 ヨハネは特にヘロデヤを罵ったので、彼女はヨハネを殺したかったが、
 ヘロデ王の命令により実現できずにいた。
 ヘロデ王はヨハネが聖人であることを知っており、
 処刑を恐れていたのだ。

なにがあった
 ヘロデ王の誕生日の祝宴で、彼の義娘サロメが舞を披露し、
 それが余りに見事であった故、
 ヘロデ王はサロメに褒美をとらせようとした。
 「望むならば、この国の半分でもくれてやろう」という王の言葉に、
 サロメは母に相談する。
 母は、「ヨハネの首とおっしゃい」言い、サロメは王の前で、
 「洗礼者ヨハネの首が欲しゅうございます」と、告げた。
 ヘロデ王は当惑し苦悩したが、大勢の客の前で誓った体面があるので、
 仕方無しに、衛兵にすぐにヨハネを処刑して、首を持ってくるように命じる。
 衛兵はヨハネの首をはね、盆に載せて持ってきて、サロメに渡した。



「サロメ」 (油彩) 1510年代 ティツィアーノ作
    Galleria Doria Pamphili,Roma
  サロメ、ちょっと目を背けてみるの、グロイわあ、やっぱ。

   とまあ、聖書に書いてるのはこれくらいである。
   聖書には"サロメ"の名は出て来ない。ヘロデヤ(ヘロディアス)の娘とあるだけだ。
   しかし、後世の人たちが勝手に名付けたのではない。
   新約聖書より100年以前、ユダヤ歴史家フラヴィウス・ヨセフスが著した「ユダヤ古代史」に、
   既にサロメの名が出ている。
   (※と、『 「サロメ−永遠の幼女−」 山川鴻三著 新潮選書 ISBN4-10-600365-1 C0398 』に書いてある)

   ヘロデ王とは、イエスが生まれた頃に幼児虐殺を命じたヘロデス大王の第二子、ヘロデ・アンティパスである。
   ガリラヤの四分領太守であるが、事実上イスラエルを統治していた。まあ、当時、ローマ帝国の圧政下だったが。
   異母兄弟ヘロデ・ピリポ(フィリポス)と妻ヘロデヤとの間には娘サロメが生まれたが、
   後、ヘロデヤはヘロデ・アンティパスに目移りし、夫と別れ、再婚する。
   ヘロデ・アンティパスも、それまでの妻を離縁したらしい。(しかし、ヘロヘロややこしい)
   ユダヤ律法では離婚は許されても、兄弟の妻と結婚することは許されていない。
   故に、ヨハネはヘロデ王を非難したのだ。
   ヘロデ王にしてみれば、扱いが困る。
   悪口なんて許すまじ、だけど、相手は聖者だし、預言者だし。
   彼の語ることは(口が悪くても)真実なのだ。
   もしヨハネを処刑したら、どんな天罰が下ることか。

   ちなみに、洗礼者ヨハネと、12使徒のヨハネと、「ヨハネの黙示録」のヨハネは別人である。
   ヨハネの死を聞き、イエスはどう思ったのだろう?やはり嘆いたろうか?
   ヨハネの亡骸は、彼の弟子たちが、引き取った。頭部はどうだったのだろうか?
   (※今はイスラム寺院になっている処で祭られているそうです)
   
   わたし思うのですけど、ヘロデヤ(ヘロディアス)って名前ではないのではありませんか?
   ヘロデってのは継承していくファミリーネームみたいなものでしょう?
   だから、ヘロデヤってのは、ヘロデ王の妃、って意味合いなのではないのでしょうか?
   しかし、そのことに触れている文は何処にも無いし。
   詳しい方、どなたかご伝授を。
 

 


 「洗礼者ヨハネの首をヘロデ王に差し出す執行人」 (板、テンペラ) 1527〜1531年 ルイーニ作
    Galleria degli Uffizi,Frienze
  ヨハネの首がどうのこうのより、執行人の顔が怖いの



  「サロメ」 (油彩) ?年 コルネリス・ファン・オストサーネン作

      Rijksmuseum Amsterdam
       見ようか見るまいか、それが迷うところよね
 


     「ヘロデの宴」〈部分〉 (フレスコ) 1452〜1464年 フィリッポ・リッピ作
            Duomo,Prato
            ほれ、見てみなさいよ、ほれ。何怖がってんのよ

  さて、ヨハネという人、かなり毒舌だったらしい。
  もう少し言葉を選べばいいのに。「蝮の子孫ども」とか言われたら、普通、ムカッとくるわな。
  それが結局、彼の命取りとなった。
  本当の彼は、どんな人だったのだろう?




 「洗礼者聖ヨハネ」 (油彩) 1513〜1516年 レオナルド・ダ・ヴィンチ作
    Mus'ee du Louvre,Paris
  まるで小○哲哉のような、妙な雰囲気のヨハネである。
   あるいは、やはり、こんな風にお綺麗な顔だったのかもしれない。
  いや、でも、ラクダの毛の衣だとか、汚らしい格好をしてたのだし…うーん。

 サロメは、母親のヘロデヤの傀儡として聖書に出てくるが、
 芸術の世界において、どんどんと独自のイメージを持つようになる。
 ヨハネの首を持ち、うっとりと恍惚の笑みを浮かべている顔は、すなわち恋する少女のものであろう。
 あるいは、これは哀しい恋物語かもしれない。
 オスカー・ワイルドの戯曲のように、ヨハネの唇や髪に触れたがったサロメ。
 しかし、美しいヨハネは雑言を吐くばかりである。舞の褒美に、サロメは、なびかないヨハネの首を所望する。
 首だけとなったヨハネにくちづけするが、その唇は、二度と彼女に悪態をつかないのだ。






 「出現」 (キャンヴァス、油彩) 1875年頃 モロー作

    Mus'ee Gustave Moreau,Paris
  サロメが指を指した方向に、ヨハネの首が出現する。
それは美しくも哀しい、実らない恋である。

   さて、サロメが舞った踊りとは、どんなものか?
  まだ15にも満たない可憐な乙女が、いちまいずつ、ヴェールを脱ぎ捨てていき、半裸になる。
  その妖艶さは、皆が息を飲むのを忘れてしまうほどである。
  サロメの踊りに、ヘロデの祝宴に訪れた客や、給仕や、衛兵は、さぞや釘付けであったろう。
  ひとり、ヘロデ王の妻のヘロデヤは、自分の娘の若さと美貌に嫉妬していたかもしれない。
  そう、ヘロデ王がサロメにどんどん惹かれていくのを、しかと感じ取ったから。






 「ヘロデの前のサロメの踊り」〈部分〉 (油彩) 1876年 モロー作

         Private collection
  サロメの舞に、一瞬時が止まった静寂と、
   次の瞬間、音楽すらも、はっと気付いたかのように流れ出すような
   不思議な感覚がある

   オスカー・ワイルドの戯曲「サロメ」は薄い。短時間で読めるが、中身は濃い。
   少女の生々しい息遣いが聞こえるようだ。そして、悲痛な叫び。
   ピアズリーの、黒と白の妖しい世界の挿絵が、また、わたしたちを摩訶不思議な世界へトリップさせる。 
   ヨハネは、本当に、サロメに恋をしなかったのか?

   さて、聖書の世界で、女性が首を持っているお話が、もうひとつある。
   旧約外典のユディットだ。 
   ベツリアに住む未亡人ユディットは、攻略軍の将軍ホロフェルネスに寝返ったフリをして、ベツリア攻略の案を囁く。
   信用した将軍ホロフェルネスは宴を開き、ご馳走を平らげ満足して眠りに落ちる。
   そこでユディットは、剣で将軍の首をはね、袋に入れるとベツリアに持ちかえった。
   当然、攻略軍は将軍を欠き、あっけなく退散していったと言う。  


   しかし、この主題よりも、可憐な少女のサロメが、大人の男、ヨハネの首を持っているという観点に、
   どうしても人は惹きつけられるだろう。(わたしだけか)
   例え、サロメが母親の傀儡だとしても、
   少女の口から、「ヨハネの首が欲しゅうございます」
   と発せられた事実が、あどけなくも、妖しく世界を彩る現実なのだ。

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